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217μMからの再出発

Stachel SJ, Coburn CA, Rush D, et al. Discovery of aminoheterocycles as a novel beta-secretase inhibitor class: pH dependence on binding activity part 1. Bioorganic & medicinal chemistry letters. 2009;19(11):2977-80. Available at: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19409780.

Hills ID, Holloway MK, León P de, et al. A conformational constraint improves a beta-secretase inhibitor but for an unexpected reason. Bioorganic & medicinal chemistry letters. 2009;19(17):4993-5. Available at: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19640712.

従来のBACE阻害薬は、HIVプロテアーゼやレニンといったアスパラギン酸プロテアーゼ阻害薬にみられる遷移状態アイソスターを有する構造が主流であったが、この多くは中枢移行性が低いという問題を抱えていた。メルクは、BACE阻害薬のドラッグデザインを根本的に見直し、全く新規なリガンド探索によって、従来の伝統的パラダイムから脱却、新たな阻害薬を開拓するという方針をとった。これまでに数々の新奇なリガンドを報告してきたが、ここでも他に例のない新規な結合様式をとる低分子リガンドを見出した。

メルクの研究者は、高濃度HTSを行い217μMという極めて弱い活性のヒット化合物1を見出した。この化合物はコンパクトな分子でリガンド効率は0.3と悪くなかったので、これをリードにした。ドラッグデザインの方針を決定する為に酵素との結晶構造が必要と考え、その為の活性向上と溶解度の改善を目的に、最適化を検討した。ベンゼン環上にクロロ基を入れた2で活性は38μMに向上、20 mg / kg i.v.投与で中枢濃度は血中の3.9倍と、BACE阻害薬としては極めて優れていた。さらにクロロ基をメトキシ基に変えると活性が向上、置換基変換の多様性を持たせる為にスピロ部分をベンジルに変換して最適化して1.1μMの活性を有する5を見出した。溶解度改善の為に、アミノチアゾールをアミノイミダゾールとし、3.2μMの活性を有する化合物7を見出した。

化合物7で酵素との共結晶が得られ、BACE阻害薬として全く他に例のない結合モードで相互作用していた。すなわち、1)活性中心のAsp32とAsp228と、アミノ基とイミダゾールのNとで二座配位的に相互作用している。2)メトキシフェニル基は、クラシカルなシェクターバーガーの規定するサブサイトを利用せず、Phe-108, 109とface-to-point-to face型のπスタックを形成している。このπスタッキングネットワークがコンパクトな分子でも比較的活性を稼ぐ事の出来た要因と考えられる。3)さらに興味深い知見として、フェニル基が「フラップオープン」構造で相互作用している。通常は、Tyr-71とTrp-76がかんぬきのように水素結合を形成して、「フラップクローズ」の構造を形成する。しかし、ここではフェニル基がTyr-71を押しあげて、フリップオープンとなり、メトキシフェニルがTyr-71に代わってTrp-76と水素結合を形成、フリップアウトしたTyr-71もπスタックして阻害薬を安定化している。4)ニトロ基方向には大きなS1ポケットが存在し、さらなる最適化の方向性が見えている。

ここでもう一つの新たな知見が紹介されている。一般にBACEは酸性の細胞内画分に存在し、細胞系アッセイはpH=4.5で最も活性化される。この事は、Fig. 6の実験でも確かめられており、たいていの場合、アッセイはpH = 4.5で行う。アミノチアゾール5はpKaが5.5なので、pH 4.5の条件では活性を示すが、pH 6.5の条件では、プロトン化できずに活性は消失し、細胞系でも活性を示さない。一方でアミノイミダゾール6は、pKaが8.1なので、pH = 4.5、6.5ともにプロトン化でき、二つの条件で類似の活性を示し、細胞系でも弱いながらも活性を示した。さらに、メチルイミダゾールにすると、活性は0.47μMとサブマイクロオーダーに達し、細胞系でも1.8μMの活性を示した。この結果を考慮すると、細胞系で活性のある化合物を見つけたければ、酵素系アッセイはpH 6.5の条件でアッセイした方が良い、という事になる。

第2報目での次の問題は、化合物1がPgp基質の排出系の影響を受けて脳内移行性が妨げられる事であった。コンフォメーションを最適な配置に事前組織化させれば、活性は向上し、リジッドな構造によってPgp基質の影響を小さくできると考え、結晶情報から許容されうるインダン構造へと展開した。ところが、実際にデザインして合成した化合物3は活性が7倍も減弱してしまった。この残念な結果もプラスチックの分子模型を組んで考えてみれば、インダンとメトキシ基が立体反発してBACEに相互作用するのに有効なコンフォメーションを安定化状態としてとれない。この推定は計算からも支持された。そこで、活性は1.8μMと弱いが置換様式で立体的に問題のないトリフルオロフェニルを有する2からインダンタイプ4に変換すると、期待どおり活性は5倍向上して0.35μMとなった。この作業仮説を結晶情報から検証したところ、全く予想外にもインダンタイプ4の安定化構造はBACEに結合する安定化構造とは一致せずに、むしろエネルギー的なペナルティを支払う事になってしまった。一方で、フォースフィールドを基にしたエンピリカル・スコアリング法による検討の結果、インダン部分がBACEのフラップTyr71とファンデルワールスコンタクトしている事が示唆された。すなわち、計算結果は、当初期待したコンフォメーションの固定化による活性の向上ではなく、付加的な疎水性相互作用が活性向上に寄与している事を支持している。さらに、インダン環上にフッ素を導入した5では活性は63 nMと強力、Pgp排出系も3.6倍にまで低減された。最初のヒットから活性は3500倍程度も向上しているが、その分子のコンパクトなサイズを見れば、いかに効果的に活性を稼いでいるかが手に取るようにわかる。まだ、メインのS1ポケット方向に置換基の許容性がある事を考慮すると今後の展開が期待される。


いつものことながら、この一連の報告でもメルクの個性が滲み出ており、独自の作業仮説と試行錯誤が述べられいる。これを読めば、あたかも狙い撃ちしてデザイン/合成してスマートに見いだしたかのような後付けストーリー化された美談、偽りのサイエンスではない事が理解できる。一つ一つの仮説と実験事実を考察して、サイエンスベースで問題を明らかにして新たな事象を見いだしている。そして、そこにはメルクのBACE阻害薬をなんとしてもモノにしようという強烈な執念が底流に流れている。文章中にはいつものように、「unexpected, unfortunately, disappointingly, gratifyingly, interestingly, dramatically、! (exclamation mark)」研究をエキサイティングに心から楽しんでいる言葉が踊る。それにしても、合成面では、インダン環上をフッ素化するアクフロア、硫酸存在下パラジウム炭素でのインダンカルボニルの除去と、続くクロム酸化によるインダンの“異性化”、カルボニルをTosMICでシアノ化した後に塩酸ーメタノールでメチルエステルとし、これをTMSメチルリチウムで処理すればダイレクトにメチルケトンへ。続くブロモ化、イミダゾールを巻くところまで練り上げられている。

創薬で重要な事は、研究者がどれだけテーマに思い入れを抱けるのか、そしてガッツを持って最適化する意志があるのか、に掛かっている。
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テーマ : 科学・医療・心理
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